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キシリトールと非齲蝕誘発性甘味料
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  東北大学歯学部口腔生化学講座  山田 正

図をクリックすると、大きな図を見ることができます。


maru  1.甘味料の種類

甘味料は、砂糖以外にも種々のものがあり、種々の食品に使われています。

右図に示すように、非糖質性甘味料はウ蝕の原因になりません。糖質性甘味料は、多から少なかれ、ウ蝕の原因となりうるものが多いのですが、糖アルコールはウ蝕の原因になりません。

糖アルコールとは、グルコ−ス(ぶどう糖)やフルクト−ス(果糖)のような糖に水素を添加したものです。


maru  2.キシリトールは糖アルコールの一種


キシリトールは糖アルコールの一つで、トウモロコシの芯や白樺を原料としてつくられます。これらの原料からキシランという多糖類を抽出し、それを加水分解して、キシロースという単糖とし、さらに触媒を使って水素を添加してつくられます。

キシリトールは天然物を素材とするので「天然素材甘味料」であると言う人がおりますが、天然物を素材としない人工物(人工甘味料)などありませんから、これは言葉の錯覚を利用して、消費者に良いイメージを売ろうとする、一種のまやかし的な言い方だと思います。

糖アルコールには、ソルビト−ル、マルチトール(還元麦芽糖)、エリスリトールなど多くのものがありますが、これらの多くも、最終的には触媒を使って水素を添加してつくられるます。これら糖アルコールは、いずれも甘味料として、広く使われています。

糖アルコールは、大量に食べると一時的に下痢を起こします(エリスリトールは最も下痢をおこし難いカロリー・ゼロの糖アルコールです:左図および下表)。糖アルコールは果物等にも多く含まれ、また、歯磨剤の中には、ソルビト−ルを35%も含むものもあります。


右表(砂糖を100としたときの値)のように、糖アルコールは砂糖に比べ甘みが少ないという問題があります。

しかし、キシリトールは砂糖と同程度の甘さがあり、これがキシリトールを甘味料として使うときの大きな利点になります。他のウ蝕をおこす糖で甘みを補わなくとも、十分な甘みをつけることができるのです。


maru  3. キシリトール(糖アルコール)は非ウ蝕誘発性*1(むし歯を起こす力がない)

キシリトールはむし歯を起こさない甘味料です。しかし、これまでもソルビト−ル、マルチトール、エリスリトールなど、キシリトールと同様にむし歯を起こさない糖アルコールが甘味料として多く使われています。これらの糖に比べて、キシリトールだけがむし歯を起こす力が特段に低いわけではありません。

1996年8月、米国のFDA(食品医薬品局)は、食品に「Does not promote tooth decay(むし歯を起こさない)」と表示するためには、国際トゥースフレンドリー協会が行っているのと同じ方法で、歯垢のpHを5.7より低下させないことが必要だとする法律を発表しました。この法律の中では、これら糖アルコールの間にむし歯を起こす力の差は認めていません。

*1  ウ触誘発性とは、むし歯になりやすさのこと


キシリトールの宣伝によく使われる図があります(右図の上)。この図では、ソルビト−ル、マルチトールなどからは砂糖の20%ほどの酸がつくられるが、キシリトールからの酸の産生は0%であり、格段に優れた糖であるように見えます。

このデータは、歯垢を集めて試験管内(酸素のある状態)で酸の産生を調べたものです。しかし、糖アルコールからの酸の産生は酸素の有無で大きな影響を受けるので、酸素のある状態で行ったこのような研究結果は、「酸素のない実際の歯垢中」の糖アルコールからの酸の産生とは全く違ったものになります。

右図の下を見るとわかるように、ミュータンスレンサ球菌を僅か2分間空気にさらしただけで、つくられる酸の量と種類が全く違ってしまいます。同じ論文の中で、実際の歯垢中での酸産生によるpH低下データ(右図の中)が示されており、ここではキシリトール、マルチトール、ソルビト−ルの間に酸の産生の違いはありません。


また、1985年に米国サンアントニオで世界各国の研究者を集めて4日間にわたって行なわれた「食品のウ蝕誘発性を評価についてのコンセンサス会議」でも、ソルビト−ルをウ蝕誘発性(むし歯を起こす力)がゼロの基準の糖と定めています。すなわち、ソルビト−ルにむし歯を起こす力があるように言うのは間違いです。



maru  4.キシリトールの抗ウ蝕誘発性??

「抗ウ蝕誘発性」、すなわち「むし歯を起こす力に対抗する」という表現は、消費者の誤解を招きやすいとして、国際的には「絶対にさけるべきだ」との見解が大勢を占めています。しかし、キシリトールについては、抗ウ蝕誘発性があるかような説明がしばしばされています。

一つは、キシリトールはミュータンス・レンサ球菌を殺すと言うものです。この根拠は、キシリトールが細菌のなかに取り込まれ、ATPを使ってリン酸化され、さらにリン酸をはずして菌体外に放出することによってエネルギー(ATP)の浪費をさせるというものです。生化学の用語で無益回路(あるいは空転回路:Futile cycle) と呼ばれています。

このような無益回路がミュータンス・レンサ球菌にあると推察されています。しかし、その後の研究で無益回路が働かないミュータンス菌も多くあることがわかりました。少なくとも、キシリトールを食べ続けると、キシリトールで阻害されないようなミュータンス・レンサ球菌が増えてくることがわかっています。


 キシリトール入りのチューインガムを長期に食べ続けると、ミュータンス・レンサ球菌の数が減るという報告はいくつかあります。しかし、これは上記の無益回路によって菌が死ぬというよりは、歯垢のpHを頻繁に下げないためと考えられます。

ミュータンス・レンサ球菌や乳酸桿菌、低pHレンサ球菌などはpHの低い状況で生き残る力(耐酸性)の強い、それゆえむし歯を起こす力の強い細菌です。そのため、頻繁に間食し、歯垢のpHが頻繁に低下する環境では、これら耐酸性の強い菌は優勢になります。これに対し、pHがあまり低下しない環境では、他の菌が優勢になります。

ですから、ミュータンス・レンサ球菌の数を減らす効果は、キシリトール独特のものではなく、歯垢のpHを低下させないマルチトールやエリスリトールなどでも同じ効果があると考えられます。私の研究室では学生に2ヶ月間にわたってキシリトール入りのガムを毎食後(1日3回)食べさせましたが、唾液中のミュータンス・レンサ球菌の数は減少しませんでした。


一方、ミュータンス・レンサ球菌の数が減ってもむし歯の発生が減るとは限りません。

1996年のはじめに発表された論文(下図)では、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカなどの各国のデータを集めて詳細に解析したところ、口の中のミュータンス・レンサ球菌の数とむし歯の発生率にはあまり関係がなく、むし歯の発生は口の中のミュータンス菌の数よりも食生活によって大きく影響されると結論しました。

すなわち、ミュータンス・レンサ球菌の数を減らすからむし歯が減るというのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」論理と同じということになります。

ウ触の発生は、ミュータンス・レンサ球菌の数よりも、食生活に影響される。
J Dent Res 75(1): 535-545, (1996)


このような誤解は、多くの人が歯垢中で酸をつくる細菌はミュータンス・レンサ球菌だけだと信じているために起こるようです。

右表は、糖を食べたときに達する最低pHと歯垢中のレンサ球菌、ミュータンス・レンサ球菌の数を表したものです。ミュータンス・レンサ球菌がほとんどいないような歯垢でも、酸が沢山つくられウ蝕をおこす可能性のある臨界pH(約5.5)以下に低下することがわかります。よく「虫歯菌によって酸がつくられ・・」というような記載がありますが、歯垢中の大部分の菌は糖から酸をつくる能力があります。

ですから、ミュータンス・レンサ球菌がいるかどうかよりも、糖を頻繁に摂取して歯垢のpHを頻繁に低下させるような食生活が、むし歯の発生により大きな影響を与えることは当然なのです。


また、キシリトールは齲窩(むし歯でできた穴)の再石灰化(修復)を促進するとの議論をしばしば耳にします。確かに、キシリトール入りの(酸をつくらせない)チューインガムを長期に食べると、浅い齲窩が再石灰化される様子が見られることがあります。

1996年、キシリトール研究の先駆者であるMakinen教授が日本で講演したとき、私はこれについて質問をしました。

すなわち、キシリトールなど酸をつくらない甘味料を含むチューインガムを咬むと、唾液の分泌が促進されて歯垢のpHが上昇します。その結果、唾液などに含まれるリン酸やカルシウムが齲窩に沈着して再石灰化したのではないか。すると、これは、キシリトール独特の現象ではなく、酸をつくらない他の糖アルコールでも同じように見られるのではないかと質問しました。これに対してMakinen 教授は、その通りであると答えています。

すなわち、キシリトール入りのガムでなくとも、ソルビト−ル、マルチトール、エリスリトールなど他の糖アルコールが入ったチューインガムでも同じ結果が期待されることを、Makinen 教授は認めています。


このような結果を踏まえ、アメリカの食品医薬品局(FDA)およびEUの委員会は、キシリトール、ソルビト−ル(ソルビット)、マンニトール(マンニット)、マルチトール(還元麦芽糖)、ラクチトール、還元麦芽糖水飴、還元グルコ−スシロップなどの間にウ蝕誘発性の違いを認めていないのです。

もちろん、キシリトールの抗ウ蝕誘性などは認めていません。後述のように、砂糖の10倍以上入っていても、砂糖のむし歯を起こす力を消すことのできないものを「抗ウ蝕誘発性がある」と言うことは、大きな誤解を招きます。


maru  5.むし歯にならない〇〇入り

最近、「キシリトール入り」との表示が、チューインガムなど多くのお菓子に見られます。消費者は、キシリトールはむし歯の原因にならないからこのお菓子はむし歯にならないだろうと考えます。

しかし、「むし歯にならない〇〇入り」と表示してあるお菓子に多量の砂糖が入っている例があります。また、むし歯にならない代用糖が70%入っているために、30%が砂糖などむし歯の原因になる糖が入っていても「むし歯になりにくい」とか「歯にやさしい」などと表示されたお菓子が売り出されて問題になりました。

お菓子の成分だけから、むし歯の原因になるかどうかを判定することは大変難しく、ほとんど不可能です。

あるトローチをそのまゝ舐めると、唾液の分泌を促進するのでむし歯を起こすほどには歯垢のpHを低下させなかったのですが、同じものを水に溶かして食べると歯垢のpHがむし歯の危険ゾーン(5.5以下)まで低下した例もあります(右図)。また、飴などに酸が多く入っていると、酸蝕症(酸そのものにさらされて歯が溶ける)の危険もありますが、少量の酸は唾液の分泌を促進して(梅干しで唾液がでる原理)、かえって歯垢のpH低下を抑制します。

すなわち、ある食品がむし歯を起こしやすいかどうかは、個々の成分からではなく、食品全体として考えなくてはならないのです。

実際にキシリトールと共に砂糖の入っているお菓子が「キシリトール配合」と銘うって、日本で市販されています。


 日本でこのように食品全体のテストをしているのは、厚生省が行っている特定保健用食品と、国際的な組織で行っているトゥースフレンドリー協会が認定した「歯に信頼マーク」の付いた食品だけです(左図)。

それゆえ、「むし歯にならない〇〇入り」は消費者の誤解を招く表現であり、キシリトールが入っていても、特定保健用食品のむし歯に関する表示か、トゥースフレンドリー協会の「歯に信頼マーク」の付いたものでないと、本当に歯に安全かどうかは、保証できません。


maru  6.キシリトールの濃度とその効果

最近、新聞やテレビの報道で、キシリトールの濃度が50%以上なければならないようなことが言われています。

前述のように、たとえキシリトールが95%入っていても、砂糖が5%入っていれば、歯垢のpHを危険ゾーンにまで低下させ、むし歯を起こす可能性があります。夜寝る前に食べたりしたら、とんでもないことになります。

確かに、50%以上キシリトールを含んだガムを使って、むし歯の発生が減少した研究はあります。しかし、右図のように、キシリトールを15%(他にソルビト−ルを含む)含んだガムでも65%含んだものと同様にウ蝕の発生抑制効果の見られたことを報告した論文(Kandelman, J Dent Res 69:1771-1775, 1990)もあります。食品のウ蝕誘発性はキシリトールの含量よりも、食品全体として評価しなければならないのです。



なかには、「砂糖を食べてもキシリトール入りのガムを食べれば大丈夫」というようなひどい表現があります。確かに歯垢のつく歯の部位によっては、ジュースを飲んだ後、酸をつくらないシュガーレスのガムを咬むと、歯垢のpHが上昇します(左図上)。

しかし、飴のように砂糖の濃度の高いものを食べた後などは、容易なことではpHは上昇しませんし(左図下)、いわんやケーキが歯の間に挟まったような状態では、ガムを咬んでも歯垢のpHを上昇させることはできません。

maru  7.新しい甘味料

最近、米国FDAはスクロ−ス(砂糖)に塩素の結合したスクラロース(Sucralose)を、安全な食品添加物として認可しました。日本でも、申請が出ており、近々認可されるのではないかといわれています。

これも、非ウ蝕誘発性の甘味料で、右図のように砂糖の600倍もの甘さがあります。甘みの質が砂糖に似ているので、甘くておいしい、しかもむし歯をおこさないお菓子のできる可能性がまた増えるでしょう。

また、欧米でよく使われているアセサルフェームKという甘味料も食品添加の申請が出ています。むし歯にならないおいしいチョコレートなどにも使われていますので、認可されると日本にも歯に安全なおいしいチョコレートが輸入されるかもしれません。


このように、種々の甘味料が開発されることは大変有用なことです。甘味料といっても、その甘みの性質が種々異なります。

キシリトールが清涼感のある甘みを持つこともその特徴の一つの例です。また、吸湿性、水溶性の違い、pHや温度による安定性や甘みの変化など、それぞれの甘味料で特徴があります。このような甘味料を組み合わせることにより、多くのおいしい、しかもむし歯にならないお菓子ができるのです。

昔は、砂糖以外の甘味料でつくるお菓子はまずいものと相場が決まっていました。最近では、「こんなにおいしくてむし歯にならないの」と疑いたくなるようなおいしいむし歯にならないお菓子ができています。


maru  8.シュガーレスのお菓子はむし歯をおこさない?

日本では平成8年5月に法律が制定され、糖アルコール以外の単糖類(グルコ−ス、フルクト−スなど)、二糖類(スクロ−ス、麦芽糖、乳糖など)の含有量が0.5%以下のものに、シュガーレス、ノンシュガー、シュガーフリーなどと表示してよいと決まり、多くのお菓子にこのような表示がされるようになりました。

消費者は、これらの表示を見ると、「カロリーが低い」、「むし歯にならない」とのイメージを抱くようです。

しかし、前述のように、使う甘味料の種類によっては、それほどカロリーが低いわけではありません。また、お菓子のウ蝕誘発性は、成分だけから判断できませんから、このような成分表示だけで「歯に安全」、「むし歯になりにくい」というような判断はできません。

世界4カ所のトゥースフレンドリー協会のテストセンターで、シュガーフリーのお菓子をテストしたところ、右図のように、どこのセンターでも、「歯に安全でない」とのデータを得た例もあります。繰り返しますが、歯に安全あるとの判断は、成分ではなく、食品全体で判断しなければなりません。


maru  9.誤解を生みやすい食品表示など

上記の他にも、消費者が誤解しやすい(あるいは消費者の誤解を期待している?)食品表示が多くあります。


その一つに「FDI(国際歯科連盟)賛助商品」という表示をしたお菓子があります。多くの消費者は、国際歯科連盟が賛助しているので歯に安全だろうと誤解をしているようです。

しかし、このような表示をしたお菓子のなかに、砂糖が入っており、明らかにむし歯の原因となりうるものがあります。

業者によりますとこれは「国際歯科連盟を賛助する商品」とのことですが、大部分の人は「国際歯科連盟が・・」と理解しています。私も、誤解を招きやすい表示として国際歯科連盟に抗議しましたが、なかなか聞いてもらえませんでした。


また、消費者の中には「人工甘味料」は危険だとの意識を持っている人が多いようです。そのため、「人工甘味料」であるキシリトールに「天然素材甘味料」などという表現がつかわれ、よいイメージを消費者に与えようとします。

しかし、日本で認可されているほとんどの甘味料は、欧米を始め、世界各国でも安全と認定されているものです。すなわち、世界中の科学者が検討して、安全と認定しているのです。


ただ、その摂取量は考えなければなりません。糖アルコールの中でも下痢をしにくいエリスリトールも、これを含むスポーツドリンクを大量に摂取して下痢をおこして問題になりました。また、人工甘味料を日常の食品のなかで完全に砂糖に置き換えるとの考えにも無理があります。糖アルコールを砂糖に完全に置き換えた餌を与え続けると、多くのネズミは死んでしまいます。

この例からも理解されるように、甘味料を含んだ食品は、お菓子、トローチ、シロップ系薬剤など食事以外の時間に摂取されるものに限定し、歯垢のpHを低下させる頻度を下げてむし歯を予防するために使用されるべきです。

食事の味付けにこれらの代用甘味料を日常使用することは、少なくとも、むし歯予防の観点からは無駄なことです。


maru  10.まとめ

キシリトールは、非ウ蝕誘発性、すなわちむし歯を起こさないすばらしい甘味料であり、このような甘味料の食品への使用が許可されたことは、むし歯予防の観点から喜ぶべきことです。

ことに、これまで使用されている糖アルコール性甘味料の多くが砂糖の半分程度の甘みしかないのに、キシリトールは砂糖と同程度の甘さがあることは、おいしく、しかも、むし歯にならないお菓子をつくるためには大きな利点です。

しかし、キシリトールは今まで使用されている種々の甘味料に比べ、むし歯に対する効果の面で格段と優れているわけではありません。


重要なことは、ある食品がむし歯を起こすかどうかは、キシリトールの量などその成分だけでは決められず、必ず食品全体として考えなければならないことです。

現在のところ、食品全体でウ蝕誘発性を評価しているのは、トゥースフレンドリー協会による「歯に信頼マーク」をつけるシステムと、厚生省の特定保健用食品(マークだけではなく、歯に関する表示がないとだめ)しかありません。これらのどちらかの表示のない食品については、成分だけでむし歯になるかどうかを評価することはできません。

むし歯になるかどうかは、「何が入っているか」よりも、むしろ「何が入ってないか」が重要な決定因子になります。

平成11年(1999年)2月16日作成


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