食品のウ蝕誘発性評価と表示の方法
東北大学歯学部 山田 正
第1章 むし歯(ウ蝕)の病因の基本的理解
1.序論
砂糖はむし歯の大きな原因となっていることは、世界の各国あるいは地域の一人当たりの砂糖の消費量とむし歯の数はきわめて良い相関のあることからわかります(図1)。しかし、「甘いものは食べたいが、むし歯になりたくない」と考える人は多く、砂糖に代わる甘味料の開発は熱心に続けられています。ヨーロッパ諸国では、このような甘味料を使用したスナック菓子、ことにチュウインガムの普及が著しく、これも一つの要因となって、むし歯が急速に減っています(図2)。
さて、甘味料あるいはそれを用い菓子類にはどの程度むし歯を起こす力(ウ蝕誘発性)があるか評価することには大きな困難があります。医薬品の効果を検定するためには、動物実験は基本的に重要な情報を与えます。しかし、ウ蝕誘発性検定には、このような医薬品などの効果検定とは根本的な違いがあります。それは、医学で扱うほとんどの病気は、細胞で構成される組織あるいは臓器で起こりますが、「むし歯の初発部位で歯の表面を覆う歯のエナメル質には細胞が全くない」ことによります。それゆえ、これまでの生物学・医学の方法論がそのまま使えません。むし歯が始まるエナメル質は、その98%がヒドロキシアパタイトと呼ばれるリン酸カルシウムからできています(図3)。細胞は全くありません。むし歯は、細胞の全くない組織から始まる、きわめて特異な病気です。そのため、食品のウ蝕誘発性は、その食べ方、食習慣の影響を大きく受け、食習慣の全く違う動物を用いた実験では、基本的にウ蝕誘発性の検定はできません。
ところで、歯の表面に付着した歯垢(いわゆる歯くそ)の中には糞便中の数に匹敵するほど多くの細菌が生息しています。この細菌が砂糖を代謝して、生息に必要なエネルギーを生成し、その最終生産物である各種の酸を菌体の外に放出します。その結果、歯垢のpHは5以下に低下します(図4)。一方、歯垢下のエナメル質は、水晶よりも固い物体ですが、酸の侵食に弱く、pHが5.5以下になると溶け出します(図5)。その結果、歯が破壊され、むし歯発生のきっかけとなります。
2.砂糖のウ蝕誘発性
このように、砂糖が歯垢微生物によって酸に変えられることが、むし歯の直接の原因となりますが、その他にも砂糖の種々の性質がむし歯の発生に関与すると考えられています。これらを列挙してみますと以下のようになります。
これらのうち、@Aの要因はグルコ−ス、フルクト−スでも同様ですが、BCの要因はスクロ−ス特有で、グルコ−ス、フルクト−スにはないものです。しかし、下記のように、スクロ−ス(砂糖)とグルコ−ス、フルクト−スは人のむし歯発生に対してはほとんど差はなく、人のむし歯の発生にはスクロ−スの@Aの性質が重要と考えられます。
@ 歯垢微生物によって酸に変えられエナメル質を溶かす。 A 歯垢のpHを低下させ耐酸性のウ蝕誘発性細菌を増やす。 B ミュータンス・レンサ球菌の不溶性グルカンをつくる材料となり、ウ蝕誘発性の強いこの菌を歯の表面に固定する。 C 各種菌体外多糖の生成を促進し、歯垢の量を増やす。
3.ミュータンス・ストーリーは人のむし歯に当てはまるか
日本では、むし歯の原因として図6に示すような、いわゆるミュータンス・ストーリーで説明されることが多いようです。これによりますと、砂糖がむし歯の原因となるためには、上記@の酸の材料になることゝ、BCの不溶性グルカンをつくること両方がむし歯の発生に必要となります。スウェーデンのKrasseがミュータンス菌を感染させたハムスターで行った実験では、スクロースのみがむし歯を起こし、グルコ−スにはほとんどウ蝕誘発性がありませんでした。米国のBowen は、猿を使って同様な実験を行いましたが、スクロースと異性化糖(グルコ−スとフルクト−スの混合物)の間で、ウ蝕誘発性には差がありませんでした。どちらが本当なのでしょう。フィンランドのツルクでヒトを用いての実験が行われました。被験者にスクロース、フルクト−ス、キシリトールで甘味をつけた食品を2年間にわたって供給し、むし歯の発生頻度を調べたのです(Turku Sugar Study:図7)。結果は、スクロース、フルクト−ス群では差がなく、酸をつくる材料にも、不溶性グルカンをつくる材料にもならないキシリトールを甘味料として食べていた人たちにだけむし歯の減少がみられました。
このような動物間の違いを生じた原因は、食習慣の違いがむし歯の発生に大きな影響を与えることゝ、むし歯がミュータンス菌だけで起こる病気ではないことにあります。ミュータンス・ストーリーは56%もの砂糖を含む食品だけを毎日食べ、歯垢の中にはミュータンス菌しかいないような動物に当てはまる話しなのです。ミュータンス・レンサ球菌以外にも、乳酸桿菌、低pHレンサ球菌などもウ蝕誘発性の高い細菌です。
第2章 ウ蝕誘発性評価の方法
1.ウ蝕誘発性の評価の合意
食品をそのウ蝕誘発性によって、1〜10の段階に、あるいは、少なくとも「高ウ蝕誘発性」、「低ウ蝕誘発性」、「非ウ蝕誘発性」の三つにランク付けしようとの試みは多くあります。米国のサンアントニオで世界の頭脳を集めて行われた会議では次の方法で検定した結果を総合して食品のウ蝕誘発性を評価すると結論づけられました。すなわち、
の三つです。しかし、これらの方法をどのように総合するかとの具体的結論は得られませんでした。それは、食品のランク付けをするためには、どうしても越えられない高いハードルがあるからです。すなわち、食品は、その食べられ方によってそのウ蝕誘発性が大きく変動してしまうのからです。「what to eat(何を食べるか)」とともに、「How to eat(どのように食べるか)」や「When to eat(いつ食べるか)」が、食品のウ蝕誘発性に大きな影響を与えるためです。たとえば、ウ蝕誘発性の高い砂糖でできた飴も、丸飲みにすれば非ウ蝕誘発性になりますし、ウ蝕誘発性の低い食品も、就寝前に食べると高ウ蝕誘発性になってしまうのです。低ウ蝕誘発性の食品に、たとえば「むし歯になりにくい」と表示して売り出し、消費者が安心してこれを就寝前に食べ、歯も磨かないで寝てしまえば、これはかえってむし歯を増やすことになってしまいます。
@ 歯垢における酸の産生 A 口腔内脱灰再石灰化法(ICT法) B 動物実験
2.歯垢の酸産生(pH低下)の測定
検定しようとする食品や代用糖を摂取したときの歯垢での酸産生(pH低下)を測定する方法に以下のようなものがあります。
これらの方法にはそれぞれの利点と欠点がありますが、基本的に考えておかなければならない重要な問題点があります。それは、むし歯は、歯垢の深層のエナメル質と接する部分でできた酸によって歯が溶解された始まり、歯垢の表層でつくられた酸は、唾液で洗い流されたり、中和され、ほとんどむし歯の発生に関係しないことです。その歯垢の深層は、酸素のない嫌気的な条件であることがわかっています。そのような条件下での細菌の振る舞いは、酸素のある条件下でのものとは全く違います。図8には、ソルビトールに適応したミュータンス・レンサ球菌を、酸素のある好気条件、2分間空気にさらしたあと酸素のない嫌気的条件、酸素に全く触れさせない高度な嫌気的条件下でソルビトールを代謝させ、できた酸を分析してものです。そのぞれの条件下でつくられる酸の種類も量も全く違います(このことは、ソルビトールがウ蝕誘発性だと言っているのではありません)。すなわち、ある糖が歯垢中で酸に変えられてむし歯の発生に関与するかどうかは、歯垢の深部と同様な嫌気条件下でテストしなければならないことを示しているのです。
@ 電極内蔵法 A タッチ電極法 B サンプリング法 C 採取した歯垢を用いる方法 D 個々の細菌を用いる方法
図9に示すように、サンプリング法では糖を摂取したのちに、歯垢の一部を採取してpHを測定する方法です。この方法では、歯垢深部よりもむしろ表層のpHを測定している可能性が強いのです。タッチ電極法は、微小pH電極を歯垢に挿入して測定する方法ですが、同様に表層のpHを測定している可能性と、歯垢の細菌を酸素に曝してしまう可能性があります。歯垢を採取して行うCの実験では、明らかに細菌を酸素に曝します。とすると、義歯などに埋め込んだ微小pH電極の上に歯垢をつくらせてから歯垢のpHを連続的に測定する電極内蔵法しか有効な方法はないことになります。
個々の細菌を用いる方法は、高度な嫌気条件下で行えますが、細菌を増殖させる方法によって、代謝できる糖の種類が大きく異なりますから、人の歯垢中と同じ条件で細菌を培養しなければなりませんが、これは現在のところ不可能です。しかし、この方法は、ある代用糖に対し、歯垢中の細菌が適応して、それを代謝できるようになるかどうかを検査する方法としては有用です。
3.口腔内脱灰再石灰化法 <ICT(Intraoral Cariogenicity Test)法>
この方法は、口腔内に牛などから採取したエナメル質切片を装着し、実験の何日かのちに硬度測定などでエナメル質の溶解の程度を測るものです。この方法は、酸による脱灰(エナメル質の溶解)とともにその再石灰化(溶解したエナメル質が修復されること)の程度を評価するという意味で、原理的にはきわめて優れた方法ですが、食事の影響を避けられず、そのためベースラインの変動が大きく、再現性のある正確な測定がきわめて難しいのです。現在のところ、代用糖(素材)のウ蝕誘発性評価は可能ですが、食品そのものの評価は不可能です。
4.動物実験
この方法は、酸によるエナメル質の脱灰、再石灰化、歯垢形成、唾液の関与など全ての要因を含む実験ができますが、「食習慣(食べ方)」と「歯垢細菌叢」が人と著しく違いますので、この実験結果を人に対する効果として認めることは、きわめて危険です。また、動物の歯垢中の細菌の種類は人のものと著しく異なります。細菌による糖の発酵性の違いはその分類に使用するほど大きいわけですから、この点からも、人のむし歯への効果と大きく違ってくる可能性があります。この方法は、代用糖のウ蝕誘発性について重要な情報を与えますが、食品そのもののウ蝕誘発性の評価に直接用いることは不可能でしょう。チュウインガムのウ蝕誘発性評価が動物実験でできないことは明瞭でしょう。
第3章 ウ蝕誘発性評価の根幹的問題点
1.「如何に食べるか」
上記のよう多くの問題点から考えますと、食品のウ蝕誘発性の評価は可能かという深刻な疑問にぶつかります。なんと言っても、食品のウ蝕誘発性はその食べられ方によって大きく影響を受けることは、大きな困難をもたらします。むし歯に対する効果も特定保健用食品で扱われていますが、動脈硬化症、糖尿病など全身疾患に与える食物の影響は、その食べられ方にはほとんど影響されず、食品の中の成分の量によって決められます。むし歯に対する影響は、砂糖などの量よりも、食品の形や食べられ方によって大きく影響を受ける点で、全く違う考え方をしなければなりません。それゆえ、私は、食品のむし歯に関する効果表示を、食べ方に影響されない他の機能性食品と同じカテゴリーにして特定保健用食品の中で扱うことに疑問を感じています。
2.患者指導用の評価と食品表示のための表示
「むし歯にならないためには、どのようなものを食べたらよいのでしょうか」、歯科医や歯科衛生士が患者からこのような質問を受けたとき、種々の食品のウ蝕誘発性について教え、ウ蝕誘発性の低い食品も食べられ方によっては、ウ蝕誘発性が高くなることを指導することは可能です。そのためには、歯科医師や歯科衛生士に種々の食品のウ蝕誘発性についての情報を知らせることは重要です。しかし、このような情報を食品の表示に使うことは別問題です。比較的ウ蝕誘発性の低い食品に、「むし歯になりにくい」などと表示をしますと、消費者は安心して、頻繁に、ことに就寝前に食べると考えなければなりません。このような食べ方をするとこの食品のウ蝕誘発性は高くなってしまいます。現在の歯科医学の発展の段階で可能な食品表示は、いつ、どのように食べても大丈夫な非ウ蝕誘発性食品に対してのみであろうと考えています。
3.食品のランク付け
食品をそのウ蝕誘発性によって、1〜10の段階に、あるいは、少なくとも「高ウ蝕誘発性」、「低ウ蝕誘発性」、「非ウ蝕誘発性」のようにランク付けしようとの試みは多くあります。サンアントニオ会議で決められた歯垢での酸産生、動物実験、口腔内脱灰再石灰化法を駆使して、食品を三つのカテゴリーにランク付けしようとの試みは、必死に行われてきました。しかし、その食べられ方によってそのウ蝕誘発性が大きく変動してしまう食品のランク付けは、根本的な困難があります。
また、ある物質がむし歯の発生を抑制するとの考えから、「抗ウ蝕誘発性」的な表示をしている例も見られます。これは、大変危険な、誤解を受けやすい表示として、世界中の研究者は、強く警告をしています。砂糖でできた飴の中に、抗ウ蝕誘発性のあるものを入れて「むし歯を防ぐ〇〇入り」としても、結果的には砂糖を100として、99に減らしたにすぎないような例が多いのです。現在のところ、砂糖のウ蝕誘発性を消すような、強い抗ウ蝕誘発性をもつ食品添加物はありません。
それでは、食品のウ蝕誘発性を評価することは不可能でしょうか。前述のむし歯の発生原理からわかるように、歯垢の中で酸をつくる原料となならず、歯垢のpHを低下させない食品は、いつどのように食べられても、むし歯の原因にはならない、すなわち非ウ蝕誘発性であると考えられます。大切なことは、非発酵性の食品は非ウ蝕誘発性の食品のごく一部であり、このほかにも歯垢のpHを測定する以外の方法で検出可能であろう非ウ蝕誘発性の食品がありうると言うことです。
4.「素材(代用糖)」のウ蝕誘発性と「食品」のウ蝕誘発性
食品素材のウ蝕誘発性と最終製品である食品のウ蝕誘発性を区別して考えることはきわめて重要です。食品のウ蝕誘発性は、その食べられ方とともに、その形態や他の組成の影響を大きく受けます。食品のウ蝕誘発性を決定するものは、食品の組成だけではないのです。いわんや、むし歯の原因にならない素材(甘味料)が入っているとしても、その食品に「むし歯にならない〇〇入り」と表示することはとんでもないことです。食品のウ蝕誘発性は、あくまでも消費者の口の中に入る形で評価しなければなりません。
5.食品のウ蝕誘発性に与える諸因子の影響
(1)フレーバーや味(クエン酸など)の影響
唾液は、その強い緩衝作用によって、歯をむし歯から守っています。食品に含まれる唾液の分泌を促進する物質は、その食品のウ蝕誘発性を低下させるます。クエン酸は、キャンディーなどのフレーバーとして広く用いられていますが、それ自身が酸性であるため、歯に対しては良い影響を与えないと考えられがちです。もちろん、大量に添加して食品を強い酸性にしますと、歯を溶解し、いわゆる「酸蝕症」を発生させる危険があります。欧米では、ビタミンCを含む製品による「酸蝕症」が問題となっています。しかし、図10のように、クエン酸を添加することによって唾液の分泌が促進され、その唾液の緩衝作用(中和作用)により、歯垢のpH低下を抑制しました。(2)食品形態の影響
最近、欧米では口中錠(トローチ類)によるむし歯の発生が問題となり、シュガーレスのトローチが多く市販されています。日本で入手したトローチ類のほとんどは、歯垢のpHを低下させ(図11)、その危険が多いことがわかりました。そのトローチの一つを水に溶かして摂取させたところ、トローチそのものを舐めたときよりも歯垢pHの低下が大きいことがわかりました。すなわち、組成が全く同じでも、その形態が違うとウ蝕誘発性が変化するのです。トローチを舐めることによって唾液の分泌が促進され、歯垢pHの低下を抑制していました。食品の素材ではなく、最終食品の形でウ蝕誘発性を検定しなければならないことは、このことからも明らかです。第4章 ウ蝕誘発性評価の実際応用
1.国際的に見ると異常な日本のウ蝕誘発性表示
日本で市販されているものの中で、「歯にやさしい」、「むし歯にならない」と表示した食品があります。このようなものを調べたところ、その多くは歯垢のpHを5以下に低下させました。このような食品は、少なくとも就寝前に食べるとむし歯を起こす危険は大きいと考えざるを得ません。国際的観点からは、きわめて異常な異常の状況です。欧米の研究者にこの話しをしても、「日本のような文明国が」と、なかなか信じてもらえませんでした。最近このような状況に改善の動きが見られます。
2.代用甘味料の使用方法
むし歯を起こさない、あるいはカロリーの低い甘味料が多く開発されています。その味も、優れたものが多いようです。しかし、これら甘味料を全面的に砂糖に置き換えるのは実用的とは思えません。砂糖は大変優れた甘味料です。砂糖の物理化学的性質を利用した食品製法、料理法は人類の大きな財産と言って良いと思います。多量に食べますと、むし歯をはじめとして、健康に害がありますが、発ガン性など著しい為害作用のないことも事実です。一方、多くの甘味料も、大量に摂取すると種々の為害作用を起こします。たとえば、糖アルコールを大量に摂取すると下痢を起こします。砂糖とその他の甘味料を上手に使い分けることが大切でしょう。
3.国際トゥースフレンドリー協会
(1)なぜすべての歯垢の下からむし歯が発生しないか
冒頭に述べたように、歯垢中でつくられた酸により、歯の表面が溶かされることがむし歯の直接の原因となります。しかし、日に三回の食事の時間にも、歯垢のpHは歯の溶け出すpH(約5.5)以下に低下します。これは、唾液中にあるアミラーゼによりデンプンが分解され、歯垢中の細菌が代謝可能なグルコ−ス、マルトースなどができるためです。日に三度の食事のたびに歯が溶けてしまったら、すべての歯垢の下でむし歯が発生してしまいます。しかし、歯垢の中に浸み込んだ唾液によって歯垢中の酸は中和され、歯垢のpHは再び上昇します。唾液中には中性付近のpHでは、飽和量のリン酸やカルシウムがありますから、リン酸カルシウムとして歯の表面に再沈着して歯が修復され、すぐにはむし歯の発生に至らないのです(図12上)。(2)間食をするとむし歯になり易い
しかし、三度の食事の間に、頻繁に間食をしたり、唾液の分泌量が著しく低下する睡眠の前に砂糖などを含んだ甘いものを食べますと、歯が修復されず、初期のむし歯の発生に至ります(図12中)。それゆえ、歯垢のpHを低下させるようなものを頻繁に食べることが、むし歯を発生させる主要な原因となります。 間食を頻繁にとるとむし歯になりやすいことは、有名なビペホルムの研究など多くの臨床研究によって裏付けられています。また、睡眠中は唾液の分泌が著しく低下しますので、就寝前に糖を含んだもの食べますと、図12(中)に示すようにpHの低下が長時間続いて、むし歯を起こす危険が著しく大きくなります。まさに、「むし歯は夜つくられる」のです。(3)歯に信頼マーク
そこで、砂糖とその他の甘味料を使い分けて、むし歯の予防をしようとの考えが生まれます。食事の時間などに砂糖を含んだ甘いものを食べるのは致し方ないとして、間食には代用甘味料を使用した、歯垢のpHを低下させないものを食べて歯垢pH低下の頻度を下げ、むし歯の発生を少なくしようとの考えです(図12下)。 前述の電極内蔵法によって食品を摂取したときの歯垢pHを測定し、pHを5.7より低下せない食品に「歯に信頼マーク」(図13)を付けます。間食には、このマークの付いた食品を食べて、歯垢pH低下の頻度を下げ、歯の修復を助けてむし歯の発生を減少させようとする試みです。このような考えは、1969年にスイスで始まり、1982年には、これが非営利団体のトゥースフレンドリー協会として発展しました(表1)。スイスに置かれている国際協会の他に、スイス、フランス、ドイツ、ベルギー、英国、日本、トルコ、デンマーク、イタリア、韓国、ブラジルなどに協会あるいはそのセンターが発足し、現在、60カ国で「歯に信頼マーク」付き製品が市販されています。(4)広報活動の重要性
国際トゥースフレンドリー協会が重視していることは、消費者への啓蒙です。「歯に信頼マーク」の付いたお菓子を食べればむし歯が治るというような誤解を招いては困ります。「歯に信頼マーク」の使用料は、このような広報活動に使用すべきで、トゥースフレンドリー協会は、決して営利団体であってはならないというのが、国際協会の強い方針です。
4.チュウインガム効用
チュウインガムは、口の中で長い時間噛んでいますので、むし歯を起こしやすいものの一つと考えられていました。それゆえ、スイスやスカンジナビアの国ではチュウインガムの80%以上がシュガーレス・ガムです。日本ではその比率は格段に少ないようです。しかし、チュウインガムは唾液の分泌を促進するという側面をもっています。図14のように、砂糖液で口をすすいだ後に、シュガーレスガムを噛みますと、歯垢のpHは、再び上昇します。これは、チュウインガムを噛むことによって、唾液が多く分泌され、唾液の中和作用によって歯垢のpHが上昇するためです。砂糖入りのチュウインガムを噛んでも、唾液の分泌によって一時的に歯垢のpHは上昇しますが、チュウインガムの味がなくなりますと、唾液の分泌が減少し、歯垢のpHは再び低下します。
ただ、甘いものを食べても、その後にシュガーレスガムを噛めば大丈夫とは考えないでください。唾液の到達しにくい歯垢もあり、また、歯の間に飴が詰まったような状態では、ガムを噛んだくらいでは、歯垢のpHは回復しません。
5.シュガーレスと「歯に信頼マーク」
日本では、砂糖が入っていなければ、異性化糖や転化糖などカロリ−も砂糖と同じで、むし歯にもなる糖が入っていてもノンシュガ−、シュガ−フリ−等と表現され、混乱をもたらしていました。しかし、最近になって、シュガ−レス、シュガ−フリ−などと表現するためには、単糖や二糖の含量が0。5 %以下でならないと規定され、このような情況が改善されました。しかし、シュガーレスすなわち、「歯に安全」あるいは「低カロリ−」とは言えません。シュガ−レスでも酸が多量に入っているものは、酸蝕症を起こす危険があります。また、パラチノースのようなむし歯になりにくい糖でも、これは二糖ですから、これの入ったものは、シュガ−レスにはなりません。歯に安全を保証するためには、「歯に信頼マ−ク」を付けるか、特定保健用食品に認定してもらうしかありません。
第5章 むし歯予防の実際
冒頭に陳べたように、欧米では歯科大学の閉鎖に追い込まれるほど、むし歯が減っています。1994年には、12才児の一人当たりのむし歯の数が1以下になり、小学校卒業時の児童の半数以上がむし歯ゼロの国もあるほどです(図15)。それに対して、日本ではむし歯の減少が極めて少ないのです。その原因として以下のものが考えられています。
@ 歯磨きなどにむし歯の予防になるフッ素の使用が少ないこと A 学校や保健所でのむし歯予防活動が欧米に比べ系統的に行われてないこと B チュウインガムなど間食に用いられる食品にむし歯にならない代用糖の使用が少ないこと
むし歯は特定の細菌でおこる病気ではありませんので、これら各方面からのアプロ−チで予防を行う必要があります。むし歯にならない甘味料の使用もその重要な手段の一つです。
我々が、三度の食事を楽しむ習慣をやめ、SFにあるように、カプセルを呑むという食事をしない限りむし歯はゼロになりません。むし歯ゼロと無理をしないで、砂糖とその他の甘味料をうまく使いわけ、甘いものの食べ方を工夫して、むし歯の発生を減らすというのが、実際的なむし歯予防の方法ではないでしょうか。
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